ポンポン山へ2009/02/02 00:42

ポンポン山
 手軽であってしかも
少し雪の感触、視界が楽しめそうな
ポンポン山(678、8m)へあがってきました。

 善峰寺からあがって同じ道をおりるコースで
のぼり1時間半、下り1時間。
山頂広場近くではそこそこ吹雪いていて
でもテントを張って楽しそうに食事を取っているGも
寒そうにおにぎりを頬張っているおじさんたちもいてたくましい。
 寒いので1分の休憩ですぐ引き返した。
結構ひざにきたけどフットワーク軽快だった気がする。

 帰宅後まったり。
録画していた映画の中から
「やわらかい手」という、資金面のやりくりから
イギリス・フランス・ベルギー・ドイツ合作映画となった作品を観た。

 とってもとっても凛としてほっこりして、ここちいい映画でした。
年輪を重ね中年となった寡婦の女性が難病の孫のため
必要となるお金を稼ぐストーリーですが、
 あっぱれです。ゆったりした体型、動作、低い静かな声、
思いがけない展開にも取捨選択する動じない目。
 ほんとに素敵な女性(女優)でした。
 映画の後半、雇い主とに間の恋いのような駆け引きが
とても魅力的なんですが、
「あなたの笑った顔がすきよ」「君の歩く姿が好きだ」っていう
おじさんおばさん二人の台詞に私の心がとろけちゃいました。(笑)

夕日2009/02/11 23:39

 住宅街を走っているときの夕日。
太陽がオレンジのような赤のような、、、、。
 賑やかに集う家族が多く、バタバタしています。
 おでん(最近週二ペース)(^o^;)を弱火にかけつつ、
こんな夕日に出会えると感謝の気持ちになる、胸キュンのひととき。
 (携帯画像ではいまいちですが、、、)

ごぜ唄を聞きに2009/02/22 23:40

 昨日、里帰りしていた長女と6ヶ月の孫を送りがてら、
(というか、新幹線で同行したのですが)予約していた
芝居小屋に「ごぜ唄」を聞きに行ってきた。
新幹線からは久しぶりに
ちょこっと雲の切れた富士山にも出会えにっこり。

 新潟・長岡の最後のごぜさんである小林ハルさんは百三か百四歳で
数年前亡くなられたのですが、
そのハルさんが九十歳を過ぎてから晩年を過ごした施設に通って
ごぜ唄を直接伝承された萱森直子さんによるごぜ唄です。

 新潟の方ではごせ唄も地味に継承され続けてきていたようですが
東京では今回訪れたブローダーハウス他では少ないのではないでしょうか。

 今回一年ほど前に続き二回目の公演ですが、
新潟まで何度も足を運び、資料を集めつつ企画プロデュースされた、
荒木さんや枝さんはじめ、みなさんの意気込みがひたひた感じられました。

 今回、萱森さんの長岡ごぜ唄はとても落ち着きとゆとり、なにより
伝承への心意気が深く感じられ、物語の哀愁に惹かれた。

 ラジオやTVの無かった時代、農閑期に、あるいは雪深い
夜の長い冬に、村村の人々が盲目のごぜさんによる三味線唄物語や
他の村のうわさ話等を楽しみにしていたことが
萱森さんによる「葛の葉の子別れ(1段目)」を
聞いていると伝わってくる。

 厳しい風土に中で慎ましく働き、だからこそ、
盲目のごぜさん達の懸命に自立する姿に自分たちを重ねることが
出来たのだろうし、
今またごぜ唄が見直されている部分があるとすれば、
自分を見失いがちなグローバル社会の中、
「一生懸命生きていれば助ける人が必ずいる」っていう
郷愁ともいえるモラルが見直されているのかもしれない。

 葛の葉子別れは その昔、大阪泉・信田の森の狐が
助けてもらった「安名」の許嫁・葛の葉姫に化け、童子丸という
子をもうけながら、ほんものの葛の葉姫がやってくることになり、
泣く泣く信田の森に帰らねばならない気持ちを切々と話すのですが、
心の内が苦しいとき、我慢が多いとき、人は他者の哀切に
心を寄せて癒されることが多いのだと思う。

 田舎で育った私も、ごくごく幼い頃、
村の神社の集会所のような場所で、流れ旅芸人の芝居を観た記憶が
あるのですが、芝居が終わった後、
体中に白く塗ったおしろいのはげた
思いの外年取ったしわだらけの首や着物から見えた年いった太ももに
感じた切なさを思い出す。

 今、生後十ヶ月になるオマゴチャンを週末を除き預かり、
かわいがっていることもあり、
狐の葛の葉姫の「童子に乳房を含ませ、それより信太へ帰らんと」
という行きつ戻りつの心情にぐぐっとくるものがあった。

 三味線一つと地声でのシンプルな芸の大きさを思った。
来年も違う段を聞きに行きたい。